日本経済は、民間の設備投資の増加や個人消費の緩やかな回復により、デフレ脱却を追い風にして景気回復に力強さを増している。しかし、建設業界を取り巻く環境は、一部の大手建設会社を除き、公共事業費の減少などにより依然厳しい経営を強いられているのが現状だ。また一方、品質確保による競争が促進されるなど、いま建設業界も新たな局面を迎え、価値転換が強く求められている。その一つとして結束が期待されているのが産・学・官連携による新技術開発。そこで、三年前に新都市社会技術融合創造研究会を立ち上げて産・学・官連携に詳しい京都大学大学院工学研究科の大西有三教授と、各大学らと先端技術交流会議を設置し、ニーズとシーズのマッチングに全力を注いでいる国土交通省近畿地方整備局の足立敏之企画部長に、学と官の役割や産の現状、情報提供のあり方、品質確保に向けた総合評価、技術者の育成、将来の展望に至るまで、建設業の新たな針路について語ってもらった。
「先端技術交流会議」情報共有し、レベルアップ ・・・・・・・・・・・・・・・・足立部長
ニーズとシーズのマッチングへ
足立部長 現在、公共事業の減少などで社会資本整備を巡る環境は、大変厳しい状況下にあります。また、談合問題、低入札、それに伴う品質の悪化など、様々な問題が顕在化しています。そういった状況に対して、建設分野全体の信頼を取り戻していくことが非常に重要な課題となっており、そのために公共工事品質確保の促進に関する法律ができました。それに基づいて、国や各自治体らが総合評価を行って技術力を重視した方向に公共工事の調達方式を転換させています。技術力を活用していくという観点からすると、発注者のみならず、それぞれの企業が有している技術力自体を向上させていくことが重要ですし、さらには新しい技術に積極的にトライしていこうという姿勢が大切だと思っています。土木の分野は、長年培われてきた古めかしい技術といった印象が強いのですが、実際のところは新たなITを活用したり、新技術を活用しやすい分野だと私たちは思っています。こうしたことから、もっともっと積極的に土木の分野に新しい技術を取り込んでいくことが必要であると認識し、新技術のシーズをお持ちの各大学や民間の皆さんのお話を承って、私たちが困っている部分を少しでも解消していただけるような新技術を探っていきたいと先端技術交流会議を設置しました。これまで行った大学や関西学研都市知的クラスター推進本部らとの会議では、実際、私たちが隘路に陥っているところも率直にお話し、研究者の皆さんにご理解いただくよう努めています。
大西教授 いまお話された隘路に陥っているということは、具体的にどういった点ですか。また、大学側の反応はこれまでどうでしたでしょうか。
足立部長 最初に大西先生とご相談して行った京都大学との会議では、まだきちんとお伝えできなかったのですが、その後の会議では、私たちが事業を進めていく上で技術的に困っている点、技術的に解決しようと考えてもその技術を持ち合わせていない点などをご紹介し、それに対して大学がお持ちのノウハウや新技術を示していただいて、そこに何か接点がないか探るようにしました。その結果、ニーズとシーズのマッチングという点において、「大学サイドは、私たちが求めている技術の現状を必ずしもきちんと把握されていない」「思わぬところの落とし穴に気がついておられない」「私たちが悩んでいるところをご存じない」、「私たちがすでにやっているところを追いかけるような技術開発をされている例もある」など、様々な課題が明らかになってきました。そのために私たちの方からニーズの情報を提供するようにしましたので、いまは大学側も、力を入れなければならない分野について分かっていただけるようになったと思います。
大西教授ご存じのように大学も法人化して、ある程度、外の意見を聞き、動きをきちんととらえなければいけないと考え始めたと言われています。これまで大学は、自分中心主義でよかった。自分のやりたいことで研究し、そして研究を通じて学生に教育をするのがメインでしたが、その姿勢が「象牙の塔」として問題にされたわけです。しかし、これだけ国から国民の税金でサポートしていただいて国立大学法人が運営されている中で、もうそんな自分勝手なことをしていては世の中の動きについていけないし、社会に貢献できません。官と学との本音の交流が出来るこうした近畿地方整備局の会議は、非常に有意義だと思っています。しかし、いま、足立部長がお話されたような情報は大学に広まっておりませんし、私も少し外れる部外者になるので詳しいことは分かりません。学生たちにも国のニーズ、要望している内容が伝わっていないと思います。そのあたりを今後どう解消していくか課題でしょう。大学としては、これまで通りの姿勢で、あるいは外に対するリアクションを同じような形で続けていていいものか、自分自身を見つめ直す必要があると思います。もちろん、少なからず官と関係のある我々の努力も必要なんでしょうが…。
足立部長そうですね。これからは、先端技術交流会議をもう少し大きな動きに、ムーブメントにしていかなければいけないと思います。とりあえず、大学がお持ちの研究シーズと私たちのニーズのマッチングをやり始めたのですが、今後は、産も入れた産・学・官連携の大きな場を作くることも考えていかなくてはいけないと思っています。どうしてもこれまでの傾向としては、発注者側
大西教授 そういった点を考慮して、我々も3年前に「新都市社会技術融合創造研究会」を産・学・官の三者合同で立ち上げました。この研究会設立の発端は、いろんな問題を抱えていた国土交通省側から技術相談に乗れるグループがどこかに出来ないかというお話をお聞きしたのがきっかけでした。その時に産・学・官が共同作業できる体制は何かを考えたわけです。研究会を発足させて、いくつかの新しい試みがスタートしましたが、やはりなかなか活動しにくいのが実情です。その大きな要因の一つは、建設業特有の産業構造の中で〝産〟の役割が簡単に見いだせないわけです。学と官は、これまでも学会や官の委員会などを通じてお互いに情報を交換してきました。産と学も同様です。そうした中で、それぞれのメリットを研究会のどこに見だすかが課題でした。
この研究会での最も必要なことは、官に現場(フィールド)を提供していただくことです。大学には研究室や実験室しかなく、スケールの小さなものしか取り扱うことができません。通常、産も自前の現場は持っていません。そのために研究会を通じて現場を提供していただき、実際に私たちも現場に出てトンネルや橋を見ながら実情を把握し、これからの土木技術の活用をお互いに理解しながら進めていこうとしているわけです。そこに産の立場を理解しながらどう連携をとるか、これは非常に難しいと感じています。産の方は現場をプロダクト、生産物としてみてしまうのです。視点が狭くなりがちです。官は行政と技術という広い視点からモノを見ており、学は現場の中から問題点を拾い出して研究などに結びつけています。こうした学・官の動きに対して、産は請負いという立場が抜けきらず、なかなかこうした輪の中に入り込めないといった悩みがあります。先端技術をどんどん取り入れるといっても、単独の会社ではムリがありますし、団体となるとどうしてもベクトルが拡散してしまうので、土木の発展という面から、そのあたりをどうまとめていくか、大きな課題だと思っています。ただ、他分野の会社の建設への参加意欲はすごいですよ。